About うみさる

スポンサーリンク

このサイトは、”うみさる”が運営します。

キャリアアップして現在は広告関連で日本の年収上位5%に入るくらいを稼いでいます。

そんな私も元々は大学卒業して、ニートな日々、俺はこんなはずじゃなかった。と悶々としたコンプレックスを抱えまくる日々を過ごしていました。

でもそこから人生を開拓して、自分の人生が大好きになるまでに至った、私なりのポイントをお届けしていければと思います。

有名私立大卒でも、エリートでも何でも無い私ですが、同じように悩み、でもこれからの人生を素敵に切り開いて行きたいと思う皆さんへ、有益な情報をお届けできればと思います。

スポンサーリンク

大学時代 (就活はしていません)

大学3年から4年時にかけて、私は周りの友人が就職活動に動き出したりしていた事、特に就職活動もせず、また、大学院に進学する友人らは進学試験の勉強に明け暮れる中、特に院試の準備もしていませんでした。当時ある記憶と言えば、バイトと、バイクに乗ってあちらこちらに行く事と、沖縄に自由を求めた旅をしていた私です。

沖縄はこのとき初めて降り立ち、本島を自転車で一周しましたが、この後の人生で何回も訪れる大好きな場所になりました。

大学卒業後

理系だった私

大学までは理系で、営業なんか一生やる事は無いだろうと思っていた私。

とある理由で沖縄放浪後に、海外放浪半年を経て、日本に帰国。当然この間には仕事はしていません。ある時から、放浪ではなく、「遊学」という事にしました。自己アピールがすべての世界ですからね。この辺りはぜひ皆様、自分の人生を語る切り口の一つとして、参考にしてくださいませ。

初めての就職

ところがやりたかった建築の仕事で、私実は2社連続、試用期間で解雇されました。

面接を受けて、内定もらって、なれない先輩(中堅ゼネコンおじさん)と働いて。この頃はもっとかっこいい建築を作るはずだったのに、マンションを敷地内でいかに収益性最大化させるために効率よくおさめるか?とか、かなり望んでない、微妙な仕事だなと思っていた気がします。

今振り返ると、そんな考え方で働いていましたので、当時は「言われた事だけやってた学生気分」が試用期間解雇の原因だったのだろうなと思います。

落ちこぼれの烙印

さすがに、2社連続で試用期間で「もう来なくていいよ」と言われると、落ち込みます。凹みます。よく頑張ったな、っていまだに当時の自分に対して思います。

自分の人生なんなんだろう、、

なんで俺はこんなにできないんだろう、、、

大学時代の友人は一部上場、大手ゼネコンやら有名企業で働いているのにな、、、

やっぱり就職活動しておけば良かったな、、、

と思っていました。

真剣に人生を、多分初めて考えた

次の日から来なくていいよ。と試用期間解雇される訳なので、当時の私には時間がたっぷりあります。自分はどうしたいのか?をずっと考えていました。

建築への諦め

2社連続解雇されると、さすがに建築の仕事が向いていないのかも。と当時の私は思ったのです。

ここでようやく自己分析をやりました。自分がシャイで、決して外交的では無いがゆえに、悩みに悩んで、その殻を破りたい。と思ったのがこの時。

お金も何も無かったけど未来への希望だけはありました。

人生を乗り切って行ける力が必要だ。【営業職の選択】

殻を破る為に、営業の仕事をしよう。モノを売る。のはビジネスの基本だし、今後も一生必要な力のはずだと。

未経験だけれども、営業職として採用してくれる会社を探しました。

この判断は今でも間違ってなかったと思うし、シャイな人や、外交的ではない人も、もし自分の人生を何か変えたい。と思っているようでしたら、営業職に就く事をおススメしたいです。

損する事なんて、あまり無いと思っています。失敗、ミスも全部笑い話になるし、人生を生きて行く上での大事な対人関係の多くは、営業で学んだと言えます。

未経験ながらも営業で成果を出せた

未経験の営業時に、IT関連の成長産業を選ぶ事ができたのがとても良かったです。

成長産業での営業

時流に乗ったサービスという事で選んだ仕事が、業界の波も良かったのか、お取引先も良かったのか、素人シャイボーイでも数字が残せました。

当時のメインお取引先を、10倍にのばせた事が営業職として自身になったのは間違いありません。小さな成功、大きな自信。という自分の実績が出ました。

転職先が優秀過ぎる人材の宝庫だった

もっと成長したかった私は業界を少しピボット。より上流へと転職しました。

しかし、ここで人生二度目の挫折です。(一度目は連続解雇時代)。

転職先の会社が、周りができる人たちが沢山いすぎて、素人に毛が生えた程度の営業スキルで自信持っていた私にとって、まさに井の中の蛙。

徹底的に打ちのめされたのもこの時代。辛かったけど、不思議とやめたいとは思わなかった時代。常に業界自体の成長が見えていたから、しがみついていたと思います。

望まない異動が人生好転のきっかけに

営業から望んでいない異動をする事になりました。そんなに成果を出せていなかったので当たり前ですよね。

当時の私は内心、ふてくされていました。「皆が望まない、墓場のような部署」だと思っていたのです。

腐らず、皆がやらないからこそなれたNo.1

異動先の部署は、取扱高(売上)だけはとても大きかった。この部署に異動して関わった社内外の皆さんとの経験が私のビジネス力アップさせてくれた。本意ではない異動だったけど、それでもなにくそ!と思って仕事に取り組みました。

お客様、取引先が何を考えているのか?等が分かるようになってきたのもこの頃。

そして異動先でNo.1となった。

何事もNo.1になれると言うのはやはりとても大切で、ここから私の人生、キャリアは好転できたと言えます。その後は社内での昇格を重ねて行く事、収入も大きく増やして行く事ができました。

私がお伝えしたい事

何か特筆した特徴が有る訳ではなく、一時は落ちこぼれニートだった私なりに、今悩んでいる皆さんが参考にし手頂けるような情報をお届けしたいと思います。

望まない社内の異動や、成果の出ない時期も乗り越えて成果を上げてきた秘訣や、意識する事、転職の事や、今の会社で成果を上げる、給料を上げる為の交渉などのトピックスをお届けして行ければと思います。

スポンサーリンク
うみさるをフォローする
スポンサーリンク
Career Light
タイトルとURLをコピーしました